【今月の説法獅子吼】


令和8年7
『 お念佛の十徳 その9 念佛者は死の恐れなし。』

 『後の世も この世も共に 南無阿弥陀仏 佛任せの 身こそ安けれ。』諸行無常の世の中なれば、受けねばならぬ縁は素直に受け取ってゆく力がわいてくるのです。
 法然上人の『つねに仰せられけるお詞』に「いけらば念仏の功つもり、死なば浄土へまいりなん。とてもかくても此身には、思ひわづらふ事ぞなきと思ひぬれば死生ともにわづらひなし」と申されています。
 老いも若きも、男も女も、学問が有ろうと無かろうと、全ての人が、一人も漏れることの無い、お念仏の道を行けとお示しくださったのです。仏の救いをひたすら信じ、ただ口に南無阿弥陀仏と称えたならば、必ず阿弥陀仏は救いとってくださるのです。

 江戸時代後期の浄土宗の僧で、お念仏教化の行く先々で熱烈な帰依を受けた徳本上人というお念仏行者のお言葉に
『仏法は死ぬる法は教えはせぬ。死なぬ法を教えるのじゃ。往生という字は、死ぬるという字は書きはせぬ。往き生まるゝと書くぞよ。この通りに心得て、精出してお念仏を申さっしゃるがよい。』(『徳本上人勧誡聞書』)
 どんなに元気な人であっても、いずれはこの世を離れなければならない私達であります。そんな私達に法然上人は、心から阿弥陀佛のお救いを信じお念仏する人を、一人も漏らさず極楽のお浄土にお連れくださいます。とお示しくださいました。
 この世を離れた時、お念仏申す私達は消えて無くなってしまうのではありません。阿弥陀佛のお浄土、大切な方々が待っておられる極楽のお浄土に参らして頂くのです。
 大事な往き先があるのです。何の心配もないのです。
「死ぬもよし 生きるもまたよし ただ念佛 生死の峠 越えて往くなり」お念仏を称える中に、受けねば成らぬ縁は素直に受け取ってゆく力が必ずわいてくるのです。
 念仏者は、必ず仏の加護を頂いて、極楽に生まれる為に、何も思い煩うことは無いのです。ただ、南無阿弥陀仏と素直にお称えいたしましょう。
「難儀もお陰と噛み締めて」お念仏の中に、今を力強く生き生かさせていただきましょう。
 法然上人は、私どもに、お念佛を称える事により、生き難い人の世を生きる安らぎ、生きる勇気、生きる喜びを与えてくださったのです。
今、生かされている生命を喜び、おかげさまの心で、安らぎと真実の喜びの中、日暮らしをすることができるのです。
 佛の救いを信じて、『ただ一向に念佛すべし』です。
 お念佛の中に、今を力強く生き生かさせていただきましょう。




                                 令和8年 7月1日
                         二橋 信玄 (大原山西福寺 第51世)

 

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