今月の言葉 (毎月 1日更新)

 

法然上人 一刀十念御自作座像(西福寺御影堂御本尊)

【令和6年3月】

   

暑さ寒さも彼岸まで」



 厳しかった冬の寒さに別れを告げ、春の訪れが感じられる彼岸の時節となりました。彼岸には寺院で法要を営み、人々は先祖の墓に詣で、家庭では、ぼた餅などを作って仏壇に供え、先祖の供養を致します。「彼岸」とは、梵語のパーラミター(波羅密多)を訳したもので、「向こう岸に渡る」ということで、こちらの岸「此岸」に対する、向こう側の岸、つまり極楽浄土を意味します。虚飾と煩悩に満ちたこの世「此岸」を離れて、極楽浄土・真実の世界に至るという願いが込められています。


 彼岸のころは、冬から夏、夏から冬への季節のちょうど境目に当たり、彼岸の中日は「昼夜平分」といい、昼の時間と、夜の時間が等しく、中国の善導大師は「中日には太陽が真東から出て、真西に沈むので、日没の彼方にある極楽浄土を想い、欣慕の心を持て」(日想観)と説かれているように、極楽浄土に想いをいたし、この私を育んでくださった先祖に感謝し、極楽浄土に往生したいと決意を新たにするのが「お彼岸」なのです。


 国民の祝日に関する法律に、春分秋分の日は「自然をたたえ、生物を慈しみ、先祖を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」とうたわれています。


 また、この一週間は、布施(ほどこし)・持戒(いましめ)・忍辱(たえしのび)・精進(はげみ)・禅定(しずかさ)・智慧(さとり)の修行(六波羅密)という往生浄土の実践行を修め、日常の生活を反省し、仏道と信仰の実践週間としても意味付けられています。


 お彼岸はちょうど季節の変わり目。この時期に、天地の恵みとご先祖様に収穫を感謝し、豊作を祈るという意味合いもお彼岸にはあります。お彼岸は、他国には見られない日本独自の仏教行事ですが、農業文化に根ざした太陽信仰とも密接に結びついていたのでしょう。


 お彼岸には、忙しい日々の中で忘れてしまいがちな心の静寂を取りもどし、お念仏を申しましょう。


 私を生み育てて下された親や、先祖のおかげさまを感じ、今を生き生かさせていただくのです。生命の恵みの無量壽、天地のおおいなる恵みの無量光。無量壽無量光とは私を生かして下さっている大いなる生命・阿弥陀佛なのです。南無阿弥陀佛とお念仏を称え、往生浄土を願うのが彼岸の心です。

 

 

2024年3月1日 

二橋 信玄 (大原山西福寺 第51世)

 

 

 

 

 

 

 

   


2021年(令和3年)10月より、毎月1日に掲載しています。