大原山報 特別寄稿集


大原山報207号 令和8年(2026年) 

池田裕太郎さん 西福寺文化財修復事業奉賛会 副会長

「新年のご挨拶」

 新年あけましておめでとうございます。
皆さまにおかれましては、健やかに新春を迎えられましたことと心よりお慶び申し上げます。
 皆さまもご承知の通り、西福寺では現在、「令和の大修理」として長期にわたる大規模な修復が進められております。これまで多くの方々より浄財のご協力を賜っておりますが、事業は始まったばかりであり、今後も継続的なご支援が必要となっております。引き続きご支援ご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
 私は港都つるが観光協会に身を置き、敦賀の観光振興とまちづくりを担当しております。
 さて、この機会に敦賀の“今”についても少し触れさせていただきます。
 昨年3月の北陸新幹線敦賀開業から間もなく2年を迎えようとしています。敦賀は現在、関東方面・関西方面・中京方面・若狭方面を結ぶ鉄道交通の結節点として大きな役割を担っており、地域への来訪者は開業当初に比べやや落ち着いたものの、依然として安定的な推移を見せています。
 敦賀商工会議所が令和7年10月に実施した市内事業者への調査によれば、開業前の同時期と比べた売上は「飲食・宿泊業」「小売業」において5割以上の増加を維持しており、新幹線開業効果は現在も続いていると報告されています。また、コロナ禍前との比較でも、人口減少の影響がある中で観光客が多く利用する業種が大きく伸びていることから、駅を中心として形成される人の流れが市内全体の活力につながっている様子が伺えます。
 市内の様子を見れば、近年は北陸新幹線敦賀開業をきっかけに商店街への新規出店も増えており、休業していたシャッターが少しずつ開き始めています。週末には商店街を散策する観光客も増えてきて、まちに活気が戻りつつあるようにも感じられます。もちろん観光は大切ですが、私はまず、このまちに暮らす市民の皆さんが“日々を楽しめる敦賀”であってほしいと願っています。子どもたちが大きくなって外へ出ても「やはり敦賀に帰りたい」と思えるような、誇りあるまちであってほしいのです。
幸いにも、市内では新たな挑戦を始める“プレーヤー”の皆さんが増えてきており、その取り組みがまち全体の空気を明るくしています。まちづくりは行政が一方的に引っ張るのではなく、市民が主体となり、行政とともに歩む形が理想だと考えています。
 そして敦賀には、西に西福寺、東に氣比神宮という、国指定重要文化財を有する二つの文化拠点があります。この二つは、まさに敦賀の精神や文化の中心であり、同時に市外・県外・国外へ誇るべき宝です。これらの魅力をしっかりと発信し、敦賀の価値を未来へつなげてまいりたいと思います。
 文化財は、長い年月を経て受け継がれてきた歴史的建造物としての価値にとどまらず、地域の心のよりどころであり、私たちが未来に受け渡すべき大切な財産です。これまでご協力をいただいた皆さまに深く感謝申し上げるとともに、今後もともにこの宝を守り伝えていくため、引き続き温かいお力添えを賜れれば幸いです。
 皆さまの一年が穏やかで、健やかで、実り多きものとなりますよう心よりお祈り申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。


池田池田 裕太郎(いけだ ゆうたろう)
富山県射水市生まれ。9歳の時、父の転勤に伴い敦賀へ移住。
現在、敦賀市莇生野に在住。65歳。
西福寺文化財修復事業奉賛会 副会長
株式会社港都つるが観光協会 取締役兼事業本部長
保護司(敦賀保護区所属)
福井県選挙管理委員会 委員
一般社団法人若狭観光連盟 副会長
一般社団法人福井環境研究開発 理事
敦賀市補導員連絡協議会 理事
福井新聞社「報道と紙面を考える委員会」委員
特定非営利活動法人THAP(タップ) 顧問

旅する港町つるが 敦賀観光公式サイト - 福井県敦賀市 港都つるが観光協会

 

 

 

 

大原山報198号 令和6年(2025年)

川上究先生 (かわかみ きわむ) 西福寺文化財修復事業奉賛会 副会長・川上医院 院長 (2024年当時)

「私たちが残す日本の宝」

 新年明けましておめでとうございます。皆様にはご健勝にて新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。今年は寄付に関する税の関係がようやく整備される予定となっており、奉賛会の活動をさらに活発化しなければなりません。それぞれのお立場でこれまで以上の奮闘、努力をお願い申し上げます。
 申すまでもなく、今回の西福寺の建築物の修復はひとり西福寺の為だけに為されるものではなく、それらが歴史的、文化的に貴重なだけでなく、建築史的にも重要であり、将来にわたって残していかなければならないものであるからに他なりません。即ち西福寺の建築物群は、西福寺やその檀家さんのものだけではなく、敦賀市民、福井県民、ひいては日本国民の貴重な宝であるということです。私もそのことは何と無く理解はしていたものの、今回奉賛会に関わらせて頂き、具体的な実感として理解するに至りました。微力ではありますが、少しでもお役に立てるよう努力したいと思います
 
 私などは、ともすれば日常の忙しさにかまけて、身近な大切なものを見過ごし、忘れがちになってしまいます。家族、友人など身近にありすぎて、特に意識せず、気づかないけれども実はとても大切なものですよね。気付かなくとも、いつも助けられています。身近の範囲を少し広げてみてみるとどうでしょうか?古い時代からの芸術作品、文化財、身近にある古い建築物、旧鉄道路線、古の生活交易道路など、気がついて見ればなにかほっとするものがありませんか。先人からの贈り物ですよね。
 しかし一方で効率を重視し、古いものが新しいものにどんどん変わっていきます。それはそれで必要なことではあるのでしょう。しかしそれはその過程の中で、先人が作り、築き上げ、伝えてきた大切なものを、壊し、失うことにもなっています。身近にあり過ぎて、それらが実は色々と大切メッセージを出しているのに気付かず、朽ちるままになってしまったものが私達の身近に多くあります。松島にあった大和田別荘。縄間の検疫所。蓬莱町の室氏の赤レンガ住宅など今は跡形もなくなっています。様々理由があったとは思いますが、まことに残念なことです。
 とはいえ赤レンガ倉庫が改修され利用されていますし、旧北陸線の赤レンガトンネル群が廃線後車道として利用されていることは、全国的に注目されており、なんとか先人の遺産として踏み留まっています。西福寺建築物群の修復もその大きな流れの一つとも位置付けることができます。宗教を越えて多くの方々のご協力をお願いするところであります。
 
 日本の昔の美術作品、工芸品、古民家など今でこそ、その価値が再認識されてきていますが、それらを主導したのは外国人の方々です。浮世絵は米国の美術館が多くの作品を収蔵していますし、伊藤若冲の日本画の評価を高めたのも米国人。民芸運動を主導したのは英国人でした。また独逸の方が古民家の再生をし、そこに日本人が住み古民家村を作っているなどの最近の例があります。それはそれで有難い事ですが、外国の方々に指摘される前に、先人の残されたものを私達自身が正しく評価する力を養っていきたいものです。西福寺の修復奉賛会活動がそういう拡がりを持つものになればと期待します。
 西福寺の建築物群は国の重要文化財、即ち日本全体の宝との指定を受けており、従って修復には多大な国費が投入され、西福寺にもそれ相当の負担が求められています。しかしお寺単独では無理があります。繰り返しになりますが、西福寺の修復は先に記した如く、文化財保護、保存活動の意味が大きいと考えます。従って西福寺の関係者のみならず多くの方々に浄財を寄進して頂くことが重要と考えております。寄進して頂く方が拡大し、寄進額が目標を達するべく、力を合わせて頑張っていきましょう。



 

大原山報197号 令和5年(2023年) 

後藤ひろみさん 「ふくい歴女の会」会長 福井県歴史活用コーディネーター

「未来に伝えたい万人の善意」

 福井県立歴史博物館カフェを営みながら、〈ふくい歴女の会〉代表として福井の歴史を満喫している後藤ひろみと申します。
 私と西福寺のご縁は2018年発刊『コミック版日本の歴史・大谷吉継(ポプラ社)』の原作を担当したことから始まります。450年ほど前に生きた人を描くにあたり、私は先ず本人が書いた書状からその人となりをイメージしていきます。西福寺には吉継公直筆の書状四通が残されており、病に効く薯蕷(山芋)を贈ったお寺の心遣いを喜び、寺が免税になるよう努め、住職の病に後継者や医者の手配まで気遣う様子が伝わります。浮かび上がるのは、地域やそこに住む人々と心を通わせ、思いやり寄り添う人物像。そんな姿をコミックに描かせていただきました。
 西福寺を大切にしたのは大谷吉継だけではありません。現在放送中の大河ドラマ主人公・徳川家康も浄土宗を信仰し、その次男で初代福井藩主となった結城秀康も西福寺を大切にしました。私は先月発刊の同シリーズ『結城秀康』原作も書かせていただきましたが、子息・呑栄上人(とんえいしょうにん)を西福寺住職とした秀康の心に触れたくて、何度も西福寺で二橋御住職にお話を伺ってきました。
 家康が「穢れたこの世を浄土に、戦のない平和な世を作る」との決意で『厭離穢土欣求浄土』(※1)を旗印とし「南無阿弥陀佛」と書き続けたお話には涙がこぼれました。「越の秀嶺」、徳川家ゆかりのお寺にだけ許されるこの呼び方の重み、天下泰平を招くため臨み続けた徳川一族の決意が、お寺のそこかしこに掲げられる葵の御紋から伝わってきます。
 阿弥陀堂も本屋上半部は朝倉氏と西福寺の深い縁により一乗谷から譲り受けたと伝わります。信長によって焼き尽くされた一乗谷朝倉氏の栄華が、西福寺の中に今もひっそりと息づいているなんて!訪れるたびに感動が募ります。
 こうしてそれぞれの時代に大切にされてきた西福寺が、今、修復されています。今を生きる私たちしか見ることができない、修復中の御影堂を仰ぎ、百年・千年先の人が目にする景色を作っているのかと不思議な感動を覚えます。
 修復には大きな費用がかかるそうで、非力の私はどんな応援ができるだろうと途方にくれるのですが、みなさんの合言葉『普請衆力』(※2)(あまねく衆力を請う)に救われています。より多くの人が賛同し、たとえわずかでも、善意を持ち寄って完成させてこそ、御影堂に心が宿るという呼びかけに、それなら私にもできることがありそうだと思えるからです。
 そういえば西福寺と縁のある朝倉氏の家訓に「一人に一万疋の値段の名刀を持たせても百疋の鑓を持つ百人にはかなわない」という一節があります。今回の修繕は私たちに力を合わせることの大切さ、「衆力」というものを教えてくれているのかもしれません。
 西福寺山門に立ち、御影堂を見上げると、悠久の時の中で一体どれだけの人がここに立つのか、私たちの心は未来の子供たちにも届くだろうかと、いろいろな思いがこみ上げます。山から里へ吹きぬける心地よい清風を感じながら、つい南無阿弥陀佛と手が合わさります。これからもこのご縁に感謝しながら西福寺を応援していきたいと思っております。

※1 えんりえどごんぐじょうど
※2 ふうしんしゅうりき

後藤ひろみ(ごとう ひろみ) 
福井市生まれ。福井高専を卒業後、東洋紡入社、滋賀県大津市の総合研究所に従事。退社、帰郷して平成14年(2002年)ベーカリーカフェ「たねと、はっぱ。」開業(現在休店)。平成16年(2004)厚生労働省の女性起業家メンターに就任。平成22年(2010年)「ふくい歴女の会」結成。平成26年(2014年)福井県歴史博物館内「歴博茶房 ときめぐる、カフヱー。」経営。令和4年(2022年)福井県文化奨励賞受賞。令和5~7年(2023~2025年)福井県歴史活用コーディネーター。平成29年(2017年)からポプラ社の漫画原作を務める。「コミック版日本の歴史」シリーズ(既刊八十七巻 ポプラ社)『紫式部』『結城秀康』『松平春嶽』『大谷吉継』『柴田勝家』『渋沢栄一』など。『歴飯ヒストリア』(つちや書店)レシピ監修。2022年福井県文化奨励賞受賞。テレビ出演、企業・大学での講演も多数。(2023年当時)

福井を生かすなら歴史 漫画原作者、カフェ経営 後藤ひろみさん :日刊県民福井Web