越の秀嶺(徳川家との縁)
当山は、徳川家が浄土宗に篤く帰依していたことにも縁るが、福井藩との繋がりが深い寺です。
当山二十一世見蓮社正誉上人良和呑榮大和尚は福井藩主結城秀康公の庶子であり松平忠直公の異母弟にして、将軍徳川家康公の孫にあたります。呑榮上人は西福寺興隆に尽力された大徳であり、山内には、書院(結城秀康公寄進)、黄金桜(ウコンザクラ・松平忠直公御手植)、また宝物として越前松平家との関係がしのばれる古文書・文化財が多く遺されています。また、現在も越前松平家、徳川歴代将軍の位碑を奉安しています。
徳川御三家・御三卿・越前松平家の方がご住職となられた寺は『秀嶺』と呼ばれ、西福寺は特に十五弁の三つ葉葵の紋を使うことを許された寺でもあります。その由縁により西福寺は『越の秀嶺』と言われています。






