令和8年6月
『 お念佛の十徳 その8 念佛者は何時もイキイキ。』
お念佛を称える人は、十の功徳を頂戴し、この世を生き生かさせて頂いている喜びを感じる事ができます。
(十徳とはホームページ「説法獅子吼令和7年10月号」参照)
念佛申し佛の救いに出会うものは、歓喜踊躍にして善心生ず。念佛精進の嬉しさからイキイキと暮らすことが出来るのです。
「歓喜踊躍にして善心生ず。」とは、お念佛を喜び、佛の教えや阿弥陀佛の光明に触れることで、煩悩が消え、心が安らぎ、喜びの感情が高まり、心が柔軟になり、善い心が生まれるということです。
法然上人は、『一紙小消息』の中に「受けがたき人身を受けて(人として命を頂いて)、あいがたき本願にあいて(佛の救いに出会い)、起こしがたき道心を発して(お浄土に生まれたいと願い)、離れがたき輪廻の里を離れて(迷いの世界を離れて)、生まれ難き浄土に往生せん事、悦びの中の悦びなり。」と、この上なき喜びであると申されております。
更に『諸人伝説の詞』において「この度の生に念佛して来迎に預からん嬉しさよと思いて、歓喜踊躍の心のおこりたらん人は、自然に三心(浄土に往生するために、お念佛申す者の心・至誠心・深心・回向発願心)は具足したりと知るべし。」「三心を具する者は必ず彼の国に往生す」と申されておりおます。
お念佛を申せば、今をイキイキと生きる事が出来ると云う讃佛歌をご紹介いたします。
『心はればれ』
一、広大無辺の御教に 永い迷いの夜が明けて
静かに合わすこの両手 思わず出で来る称名は
二、嬉し恥かし有難し 口にはハッキリ言えないが
心の底からうなずける 明るい道が見えてきた
三、此れから先の日暮は 幸か不幸か知らねども
どちらになってもよろしいと 確かな覚悟が出来てきた
四、雨も嵐もあるであろう 照る日曇る日それぞれに
生き抜く道をば恵まれて 心はればれ御念佛
五、受くるに難き人の身で 又聞き難き法の道
今聞かざれば何時の日か 悟りの岸に到るべき
六、昨日は来たらず明日は又 計り知れない露の身で
尊き命今日の日を 空しく過ごす哀れさよ
七、耳を澄ませば胸底に 響きつづくる本願の
声すみ渡る此の朝 目覚めよ目覚めよ鐘がなる
法然上人は、私どもに、お念佛を称える事により、生き難い人の世を生きる安らぎ、生きる勇気、生きる喜びを与えてくださったのです。
今、生かされている生命を喜び、おかげさまの心で、安らぎと真実の喜びの中、日暮らしをすることができるのです。
佛の救いを信じて、『ただ一向に念佛すべし』です。
お念佛の中に、今を力強く生き生かさせていただきましょう。
令和8年 6月1日
二橋 信玄 (大原山西福寺 第51世)







