結城秀康と西福寺 


 ■ 結城秀康

結城秀康は、徳川家康の次男です。豊臣秀吉の養子となり羽柴秀康(はしば ひでやす)を名乗りましたが、その後、結城晴朝の養子となり、結城秀康となりました。  関ヶ原の戦いの際、上杉景勝の抑えを務めた功績を徳川家康に認められ、1601(慶長6)年、越前68万石を与えられ、越前国北荘藩(福井藩)初代藩主となりました。 結城秀康は、越前松平家の祖です。

 


■ 西福寺との繋がり

徳川家は浄土宗に篤く帰依していました。徳川家康公の「徳川家、松平家は末代まで浄土宗である」との教えから、浄土宗との深い繋がりがあります。そのため、西福寺は福井藩との繋がりが深い寺です。  結城秀康は西福寺の天榮上人(徳川家康の寵遇を受け、西福寺 第十八世となる)に大変感銘を受け、自分の息子(庶子)である竹治郎(八歳)を託して、出家させました。